食事会でライフネット生命の出口社長とご一緒させて頂く機会がありました。元々ライフネット生命の方向性に共感していたこともあり、お話しさせて頂いて、素晴らしい教養、知恵、人柄に魅せられてしまいました。
食事も終わりかけるころ、社長から「一度インタビューに来て下さい」と仰って頂き、先日実現しました。
本を読みなれない人にお勧めの本は?
新田:私は親族が仕事のひとつで古本屋をしていたこともあり、また出口社長が大変な読書家だということでぜひ本を読みなれていない人への本の選び方をお聞かせいただけたらと。
出口治明社長(以下、敬称略にて):まず古典と新しい本に分けます。古典は図書館でも大きな本屋でもいいので、
岩波文庫の前に立って10冊薄い本を選びます。その中からタイトルを見て面白そうなものから始めればいいのです。岩波文庫でなくてもいいのですが、古典が充実しているのでお勧めです。
新しい本は、新聞の書評欄を参考にすればいい。大学の有名な先生方が記名で書いておられるので、きっと必死で書かれているはずです。これは冗談ですが、もし僕が大新聞から書評欄を書いてほしいと頼まれたら仕事を全部辞めます(笑)。そのくらいしないととても書けないと思います。
新田:分野別に分けるといかがでしょう。まずは哲学では?
出口:薄くていいのはデカルトの
「方法序説」です。哲学者の書いたものを読むことは勉強になると思います。乱暴な言い方ですが結論はどうでもよくて、なんでこの人はこういう風に考えこういう結論に至ったのかという思考のプロセスを追体験することで思考力が鍛えられるのですね。
新田:
「ソクラテスの弁明」なども薄くてよいかもしれませんね。宗教の分野ではいかがですか?
出口:キリスト教については
聖書を読むのが一番いいのではないかと思います。仏教でいうなら中村元さんの「仏典をよむ」という岩波のシリーズが読みやすいですね。あとはイスラム教については
クルアーン(コーラン)ですね。西洋の美術館に行ってもキリスト教とギリシャ・ローマの物語を読んでいれば主題がほぼわかるので、そういう世俗的な楽しみもあります。
新田:ビジネスや経営についてのお勧め本はいかがでしょう?
出口:経営に関する本で、古典ですぐ役に立つのは
「韓非子」ではないでしょうか。または
「貞観政要」もお勧めです。もっと柔らかい本ではちきりんさんの
「自分のアタマで考えよう」はいいですね。それと我が国の社会の状態について知っておくためには、平成24年度版厚生労働白書がビジネスにも役立つと思います。日本の今の社会の状態が本当によくわかります。これは20代と30代の人が二人で書ききっているんです。すごく熱くて面白い白書です。
新田:「韓非子」はたまたま少し前に読みました。少し難しいかも知れないので、読み慣れない人は「自分のアタマで考えよう」の方が読みやすいと思います。
「歴史オタク」が考える日本史と世界史
新田:ではお得意の歴史で、日本史と世界史がありますが…
出口:僕は、歴史はひとつだと思っているんです。日本史や世界史と別けるのではなく、
人間の歴史は5,000年史一本しかないと思うのです。
新田さんは東大寺がお好きだとおっしゃっていましたが、東大寺を創建した前後の時代は女帝の時代といわれていますよね。なぜ女性の天皇が続いたのかと言えば、日本史では男性の天皇が位に就くまでの中継ぎという説が主流ですが、この時代には新羅でも女帝が二人いましたし、大陸ではなにより武則天(則天武后)がいました。持統天皇のような優秀な女性にとっては旦那の天武天皇があまり頼りにならない、海外を見れば世界(中国)は武則天という女帝が仕切っている。それをロールモデルにして女帝としてやってもいいのではないかと考えたのではないかと思うんですよ。
新田:確かに、日本史だけ見ていては気づけない視点ですね!しかし、
人はなぜ歴史を学びながらも同じような過ちを犯してしまうんでしょうか?
時代が変わっていく中で変わらないもの
出口:人間の脳は1万5千年以降進化していなくて、ぜんぜん賢くなっていないんです。それでも滅んでいないのは一部の人が歴史を学んで過ちを繰り返さないようにがんばっているからだと思います。
新田:私はもともとNTTにいてITを進めてきました。当時1990年代には、
歴史や人の生活を大きく変化させると信じていました。しかし当時思い描いていたようなレジームチェンジはなくて、むしろ限定されたコミュニケーションになったがゆえに負の側面も出てきたように思います。
出口:人間の能力は一定なので、大脳にあわせてインターネットをどのように使うかという話で、インターネットの弊害というのは、便利な道具をつかったがゆえに
人間の能力の限界が露呈したということではないかと思います。
新田:インターネット自体はいいも悪いもない、ということですね。
変わっていく時代の中のリスクと保障
新田:今後の社会保障的な部分で社長が思っていることについてお聞かせ下さい。
出口:
「大きい政府と小さい政府」ということと競争力というのは関係がないということをもっと勉強すべきですね。活気のある競争力の高い社会を作るのが、国が豊かになる秘訣であって、それは大きい政府でも小さい政府でもできると思います。国民国家でビジネスをやっていく上では財政、金融や社会保障に関する知識は欠かせないとおもいます。
新田:先進国によくみられる問題として、公共事業にかわるような、大きな経済の柱が見つからないという問題があります
出口:大体、大きな発明や技術革新は何百年に一度のもので、大きい柱を探さなければダメだということではないと思います。小さい柱をたくさん建てればいい。そういう意味では僕はあんまり悲観してはいなくて、例えば
女性が先進国並みに外で働くようになればGDPが伸びる訳です。今の日本は豊かなんだから心の豊かさを求めようという考えもあるんですが、今の医療・年金や生活水準を維持しようとすると、お金をはらって誰かにやってもらうしかない。
新田:
人間の寿命の伸びと一番きれいな相関図を描くのはGDPの伸びですね。
出口:経済が豊かになって、衣食足りてはじめて人間は礼節を知るので、人間の幸せ、健康で長生きというのはGDPと完全な相関を描くと思います。
新田:保険、ということでリスクについてお聞かせいただけますか
出口:
リスクの語源は「石、岩礁」船が難破する岩のことです。保険は日本ではリスクに対する備えとか愛とか、あいまいな表現をされていますが、
ロスファイナンシングのひとつの手法に過ぎない。そういうふうにクールに見たほうがいいと思います。
生命保険で考えると何がロスか?ということなんですが、日本は教育費が高いので、小さいお子さんがいる場合は給料を持ってくる人が死んだ場合。これが死亡保険です。死亡保険が担保しているのは、
基本は教育費です。
子供がいない場合は、死ぬことはリスクではなく、働けなくなることがリスクになる。大家族で住んでいたらみんなが面倒を見てくれますが、1人で暮らしていたら就業不能状態が一番のリスクになる。
歳をとった後は今度は「いつまで生きるかわからない」ということがリスクになる。70歳ぐらいまでの老後資金をためることは可能かも知れないですが、もし100才まで生きたら70歳からプラス30年間の生活費を用意するのは大変です。
医療保険は人生観に左右されるかもしれません。個室がいいという人は医療保険が必要になりますし、僕みたいに絶対大部屋がいいという人には医療保険はいらないかもしれない。もしかしたら隣にすごい美女がくるかもしれないし(笑)
新田:大部屋の理由はそう仰ると思いました(笑)
死ぬリスクより働けなくなるリスクが大きくなっているということですね。
出口:その通りです。リスクの内容が変わったのは世帯の構成が変わったからです。20世紀はほとんどの世帯がカップルと子供で、1人で暮らしている人は「あの人は変な人だ」と言われるくらいでした。ところが一昨年の国勢調査で驚いたのは31%が1人暮らしで、カップルと子供は28%、シングルペアレントは9%、子供がいないカップルが約19%になっているのです。
新田:もちろん保険も変化していかなくてはいけないということですね。インターネットで販売するというライフネット生命の保険はまさにそういう新しいリスクのための保険だと思うのですが、私もずっとIT分野にいていろんな変遷をみてきたのですが、今までネット生保がなかったのはなぜだと思われますか?
出口:発想の面ではコロンブスの卵といえそうですが、技術的な面ではインターネットの速度が追い付いていなかったからではないかと思います。生保は、申し込みの際に健康情報など入れなくてはいけない情報がたくさんあるので、面倒くさくなったら途中でやめちゃいます。でもスピードが速くなったので、入力が多くても対応できるようになった。あとは規制緩和ですね。
新田:きっとこれからはもっとネット生保も増えてくるでしょうね
出口:その通りだと思います。
新しい仕事を作るということ
新田:ネット生保に限らず、大きなビジネス転換をすることはたくさんの人の仕事を奪うことになるのでそう簡単にできないとNTTでも保険業界でもよく聞かれたのですが、
その仕事がなくなることで今いる人たちはまた新しい仕事をすることができるということだと思うのです。
出口:
キーワードは労働の流動化ですね。
「2052年」という今とても売れている本があるんですが、全篇悲観論に満ち溢れている論調の中で、IT化が進んでどんどん仕事がなくなり失業があふれるんじゃないかという問いに対して、著者は「仕事は絶対になくならない」というんです。JALがいい例で多数のパイロットを解雇したことで、彼らがLCCに流れていった。それによってLCCが日本で成り立つことになった。これからチャレンジングしようとする分野に労働が流動化されて人が集まった事で新しい競争が生まれるようになったと思います。
新田:
仕事の究極は、その仕事がなくなることじゃないかと思うんです。
出口:そうですね!僕も
社長の仕事は「社長がいなくても回っていく会社を作ること」だと思っています。
新田:IT分野のビジネスと生命保険ビジネスの最大の違いは、スピードだと思うんです。ITの世界では数年で結果が出るけれど、保険はそういう商品ではないですね。そうすると自分が生きている間に成果が見えないかもしれない。現代人は自己実現欲というか、短い時間でお金が手に入ったり認められることを望んでしまう傾向があるんですが、出口社長はそこが違う気がします。
出口:
100年後に世界一の保険会社になるというのが目標です。自分の子供のことを考えたらよくわかると思うのですが、親には子供の行く末を見届けることはできないけれど、社会に出るまで20年以上かかるのでじっくり育てたいという気持ちもあります。
ライフネットは僕の子どもみたいなものなので。
私は保険業界には改革が必要だと考えていました。単に考えることは簡単ですが、実践するのはその何万倍も大変です。それを実現させたということは大変に大きなことですが、そうした実績を全く抜きにも、実際にお目にかかってまことに素晴らしい方だと感じました。こうした社長のもと、若いうちから働けるというのは幸運であると思います。
保険の加入や見直しを検討されている方は、ライフネット生命を検討候補に含めることを自信を持ってお勧め致します。
ライフネット生命
http://www.lifenet-seimei.co.jp/
今回のインタビューにあたり、出口社長とご協力頂きましたの社員の方々に感謝申し上げます。